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シコウキロクソウチ

時々しかアップロードされない気ままブログ。 本、映画、美術館、ギャラリー等の記録を気ままに書き記す予定。

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【アートの起源│科学】偏光色/プリンピキア

【アートの起源│科学】 杉本博司
2010年11月21(日)〜2011年2月20日(日)
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館



【偏光色 001-050】について


【作品情報】

○2F
○《偏光色 001-050》Polarized Colors 001-050,2010
・2010年
・イメージ 7.7×7.9cm、硝子20.0×20.0×3.5cm
・ポラロイド写真、光学ガラス
○《アイザック・ニュートン『自然哲学の数学的諸原理(プリンピキア)』》
 Issac Newton,Natural Principia,Mathematica
・1739-42年(初版 1687年)
・2冊を展示、23.9×18.0cm
・紙、インク
○《アイザック・ニュートン『光学』 初版 1704年》
 Issac Newton,Opticks
・23.1×18.6cm
・紙、インク


【コンセプト】

1704年に観光されたアイザック・ニュートンの著書『光学』は、
光りの性質を科学的に解明しようとした画期的な書物であった。
またその構成は厳密に科学書としての体裁を整へ、
第一部は定義、公理、命題、実験、となっている。
私は三百年以上も前にニュートンが実験したプリズムの観測装置を組み立て直した。
そのプリズムから分光された色は、ポラロイド写真に記録され、
写真は光学硝子内に封印され、
記録された色とは反対の、補色にある色に染められた草木染めの古布に包まれ、
桐箱に納められた。
人間は自然の植物から色を抽出すると同時に、
光りからも色を抽出することができたのだ。
 『光学』と並んで1687年に刊行された『プリンピキア』も同時に展示する。
「自然哲学の数学的諸原理」と題されたこの書は
「すべての物質は物理の法則下にある」という近代化学認識の基礎を築いた。


【作品解説】

◎偏光色
早朝の太陽の光をプリズムで分光し、
あらわれた色をポラロイでカメラで撮影した2010年の新作シリーズ。
プリズムを通って屈折した「光」は、波長の違いによって分解され、
それが私たちの目には、
波長の応じた「色」として見える。
波長は連続的に推移するため、
色彩も段階的に変化し、プリズムに近いほど急激に、
遠ざかるほど緩やかでグラデーションを描く。
その多様な色彩が、ポラロイド写真独特の矩形で切り取られ、
ポラロイド写真独特の発色で見事に再現されている。
古野華奈子/丸亀市猪熊弦一郎現代美術館

(引用ここまで 美術館配布パンフレットより)


【個人的見解】

2010年の新作。初見。
今回の展覧会で表紙にもなっている。

この展示の面白いところは、
閲覧者が始めに『プリンピキア』によってその解明の瞬間を感じてから、
ニュートンの理論を杉本氏が組み立てた装置の証明を見ることにあると思う。
さらに光学硝子に色収差された作品を閉じ込めることで、
プリズムの現象を目視できる作品となり、
『プリンピキア』の重要性もより直接的に表現されていると感じた。

ニュートンによって科学的に雷を解明は、
「近代化学認識の基礎」の重要性と雷の神聖視の衰退があるのではないだろうか。
人が歩む歴史の変化のひとつが、この作品の中で表現されているのかなと思う。

ちなみに、
プリズムの色収差はその「近代科学」として高校の時、物理の授業で学んだが、
杉本氏がコレクションしている『プリンピキア』を見、
その後、実際に色収差された光を見ることは、やはり違う衝撃だった。



【作品レビュー】
アートの起源│科学 総称
放電場構成/観念の形
偏光色/プリンピキア
放電場電飾/雷神来人図/雷神像/ファラデーケージ
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【アートの起源│科学】放電場/観念の形

【アートの起源│科学】 杉本博司
2010年11月21(日)〜2011年2月20日(日)
@丸亀市猪熊弦一郎現代美術館



【放電場について】


【作品情報】
○1F
○《放電場構成001》 Lightning Fields 128
・ 2007-2008年 各150.5×120.7cm(6点)
・ゼラチン・シルバープリント
○《観念の形 011 負の定曲率曲面、回転面
x=cos u/cosh v y=sin u/cosh v z=v-tash v (0≦u≦2π,0≦v<∞)》
 Conceptual Form 011 Surface of revolution with constant negative curvature
x=cos u/cosh v y=sin u/cosh v z=v-tash v (0≦u≦2π,0≦v<∞)
・2008年 高:300.0cm,直径:70.0cm
・アルミニウム削りだし、鏡

(以下、美術館配布パンフレットより引用)

【コンセプト】

雷が落ちる時、動物達は物陰に身を潜め、ひたすら嵐の過ぎ去るのを待つ。
旧石器時代の人類も、
おそらく動物的な保身本能に従って洞窟などに身を隠していたのであろう。
しかし旧人の中にも変わり者がいて、
落雷を畏怖の念を持って見つめ、それを美しいと感じる者もいた。
神の存在の感覚と美の意識は、同じ頃に発達したものであろう。
 天変地異が何らかの神のメッセージとして伝える符牒であると思える心性を、
人の意識が獲得できたことは、人類史にとっての大きな一里塚(マイルストーン)となった。
世界各地の神話には、雷が龍や蛇の姿と結びつき、
農耕社会に雨雲をもたらす兆しとして捉えられることが多い。
我が国の出雲地方に伝わる八岐大蛇伝説もその一つである。
蛇を退治することとは、水を統治することの象徴であり、
王権とはその統治の上に成立するものであった。
その後、日本の古代から中世にかけては、
雷は憤死した菅原道真の霊と結びつき、
怨霊のたたりとみなされるようになった。



【作品解説】

◎放電場
暗室内に故意に放電現象を起こし、
光の一瞬の動きを、大判のフィルムや印画紙にカメラを通さずダイレクトに
焼き付けたシリーズ。
電極となる金属の形状や溶液によって発光の形や方向は変化し、
光の軌跡は、あるときは落雷現場さながらの迫力ある稲妻となり、
あるときは生命の気配さえ漂う微細で複雑な形象を見せる。
 本シリーズは、展示方法によっても表情をがらりと変える。
ネガフィルムをそのまま見せる《放電場電飾》では、
光跡黒く反転し、背後のライトボックスが陰影を浮き上がらせる。
複数のプリントで構成した《放電場構成》では、光はあらゆる方向に走る。

◎観念の形
19世紀末、ヨーロッパの数学者達は三次関数の数式を立体に表し、
石膏でで多くの数理模型を作った。
抽象的な概念から生まれたこれらの形は、
意図せずして完成された美しさを持つ。
杉本は、現代の最高技術を駆使して、
100分の1mmの精度でアルミ無垢材の数理模型を制作し、
これらを《観念の形》と題した。
古野華奈子/丸亀市猪熊弦一郎現代美術館



【個人的見解】

吹き抜けのフロアに《放電場》の作品が6作品、縦に並び、
その前には《観念の形》が置かれている。

別々に撮られた電流が繋がれたようになり、
ひとすじの稲妻が《観念の形》へ向かって落ちてくる。
杉本氏が書いたコメントの中にも「落雷を畏怖の念を持って見つめ、それを美しいと感じる者もいた。」あるが、
私も当時であれば、そのひとりだっただろうなと思う。

雷の怖さと美しさは、杉本氏が作り出した空間の中にもあり、
違うのは瞬間的な美しさを停止させても実現させていたところにある。
その意識は「人間の意識の起源」に戻すことに成功している。



【作品レビュー】
アートの起源│科学 総称
放電場構成/観念の形
偏光色/プリンピキア
放電場電飾/雷神来人図/雷神像/ファラデーケージ

【アートの起源│科学】 杉本博司 (総評)

【アートの起源│科学】 杉本博司
2010年11月21(日)〜2011年2月20日(日)
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館



1/29(土)、「杉本博司」ということで行ってきました!
猪熊では、科学・建築・歴史・宗教の4部構成で、全部行けるか心配なのですけれども。
ちなみに初猪熊。

このシリーズでの見所は、杉本氏自ら各セクションに分け、
4部を通して人間の意識の起源を照らしだす所にある。
というのは、実は今日HP見てから気付いたんだけど(笑)
でも、やっぱり本人が自分の中のテーマを切り取った強いイメージだった。
以下、記録として文章引用、自分の見解を残しておきます。
また意見が変わるかも!(笑)



【アートの起源】

「アートの起源」は2005 年の「時間の終わり」2008 年の「歴史の歴史」と
続いてきた杉本展の延長線上にある。
現代美術が常に来るべき時代の行く先を提示し得てきた時代は去った。
私達は今、後期資本主義社会の只中で、
地球規模での拡大再生産と高度経済成長という破滅のスパイラルの中に巻き込まれ、
人間の欲望が制御不能であるという、人類史上の新局面を迎えている。
 
人類史は折々の難局を乗り越えてきた。
氷河期も、大洪水も、文明時代に入ってからは疫病や、革命や、戦争も。
そして人類の想像力はその度に発揮されて、一つの困難を乗り越えた暁には、より鋭利な知性が獲得されてきた。
しかしこの期に及んで、人類の命運に関する報告書には尽きることの無い数字が
羅列されて、暗澹たる気配が漂っている。
 
人類の想像力はアートとして表現されてきた。
今、読めない先を見るためには、振り返らなければならない時がきたのだ。
人類の想像力を遡るためには人間の意識の起源を辿らなければならない。
アートが今できることは、思い出すことかもしれない、
人が人となったころの記憶を。
MIMOCA Event Pageより引用




【冬 科学】

人類は4 万年から10 万年の周期で起こる過酷な氷期を何十回となく耐え忍び、
生き延びてきた。いつの頃からか人類は火を自身の支配下に置いた。
寒冷期に体温を保持するためには火は欠かせない。
ほとんどの動物が火を恐れるなかでなぜ人類だけが火を手に入れたのであろう。
それは人間だけが獲得した特性、怖いもの見たさ、
つまり好奇心の芽生えのなせる技だったのではないだろうか。
天地を揺るがす落雷、発生する森林火災、
その現場に恐る恐る近づいて火種を持ち帰る。
人間は落雷と火との因果関係を知ったのだ。
それはとりもなおさず、知性の芽生え、時間意識の獲得、
そして自身を取り巻く外界、すなわち自然は理解できる、と思える心の誕生だった。
 
人間の科学的な精神は、ルネッサンスを遥かに遡る人類の意識の原初から存在する。
展示作品は落雷現場を再現した「放電場」、
光の性質を解き明かしたアイザック・ニュートンの『光学』に触発された「偏光色」、
マイケル・ファラデーの「ファラデーケージ」の再現、等の作品群から構成される。
MIMOCA Event Pageより引用




【個人的総評】
猪熊弦一郎美術館はまだ設立されて間もないということで、
すっきりとした現代風の美術館だった。
縦横に広い空間に杉本氏の作品があることで、落ち着いて作品と立ち向かうことができた。

ここでの展示は科学と太古の時間が隣り合わせであり、
常に考えさせる作品構成だったと思う。
そうすることによって、【科学】と【起源】を意識し、
何が問題だったのか、これからについて考えていくことの意味を
感じさせる時間を演出していたと思う。

一貫して杉本氏らしい静謐さと、男性的な日本性を感じさせられた。
前回の「歴史の歴史」のときはもっと暗い空間で浮き上がる作品が印象的だったけれど、
猪熊美術館では建物の構造上日光を取り入れるようになっているので、
重厚なイメージよりも軽やかさが際立っていた部分が多かったと思う。(一部をのぞく)



【作品レビュー】
アートの起源│科学 総称
放電場構成/観念の形
偏光色/プリンピキア
放電場電飾/雷神来人図/雷神像/ファラデーケージ

2011 成安造形大学 卒展

2011.01.23(日) 成安造形大学 卒業展覧会

駆け足で回ってきました。
個人的にはプチ同窓会的要素の方が強くて、しっかり見れなかったのが心苦しい感じだけど。

自分は写真クラスなので、そこはじっくり見させてもらいました。
昨年までは自分が制作者で、みんなと進めて理解を深めてきた部分もあり分かりやすかった部分があったのだけど、
卒業して何も知らない状態で、見に行くことで主題の明確さやタイトルの明確さで伝わる度合いの違いがあるのだということを実感。

どこからどこまでフィーリングで感じてほしくて、
どこを注目してほしいのかっていうのは、
案外オーバーなくらいがいいのかもしれないと思った。
バランスが難しいなあ。

とりあえず写真クラスに関しては、個展やグループ展に期待して置こうかな。
ひとまず簡易レポ。

【ALBUM EXPO OSAKA】 アーティスト編

【ALBUM EXPO OSAKA】
12/1 wed ~ 12/12 sun
@UMEDA HEP HALL


BRUTUSに川島小鳥の写真が載っていて、
今まで歯牙にもかけてなかったんだけど、未来ちゃんがかわいすぎて行ってきました。

ただの個展だと思ってたのですが、「ALBUM EXPO」という写真をもっと身近に、
銀塩をもっと身近にっていうのがコンセプトのイベントだったんですね。
会場には親子連れも多く、いろいろな視点から楽しめるイベントだったように思います。
うっかり浅田政志が出展しているのを見たときは、
メロメロになって、メロメロ病で殺されるのかと思いました。笑


ピックアップされていた写真家はもちろん、
視野を狭めず、イラストレーターや漫画家、
俳優もいればミュージシャンから主婦のブロガーまでたくさんの人が出展。
(このレビューは覚えている人たちだけしかレビューしませんのであしからず。)


アルバムは、本当にいろんな形があるのだと思いました。

始まりはデジタルというものの普及から忘れ廃れ始める銀塩の説明に始まり、
私たちにとって親しみのある佐野史郎の写真を展示。
モノクロのなかなか男の人らしい四角い写真でしたが、
ゆるい暖かさも残っていて、私はけっこう好きでした。


ストイックな家族アルバム

【平間至】

彼は、お嬢さんの写真。
笑顔もはな垂れもわめき泣く姿も、
どの写真にも1枚1枚に愛がギュッと詰まっているのが分かる写真でした。
家族写真の一番根底にあるものがある表現だと思います。
ご自身が語る「写真のいいところは、一瞬が永遠になる」という部分が見事具現化と言ったところでしょうか。


【伊東俊介】

その横にある伊東俊介は、初だったのですが、
モノクロの本当に昔から撮りためた写真だったのだと思います。
昔の深みのある銀塩モノトーンから最後のちょろっとあったカラー写真に、
時代の移り変わりが面白く、また違う視点で記憶の中をのぞけた感じがします。


ユーモラス&記録の蓄積

【梅佳代】

興味深かった梅佳代のアルバム。
ただ詰めただけのプラスチックのホルダーにホイホイ詰めて約10年。
なるほど、梅佳代が撮る写真にユーモラスと親しみがあるのはそういうわけかと納得。
あのスナップ写真はやっぱり量がないと生み出されないよねっていうのを実感しました。
それはひとえに家族写真の思い出としても成り立つし、
うまく組み合わせれば作品となる。
基本の基本だけど、基本を置き去りにしてた私にとっては大事な何かを得たように思います。


【写真屋さんのアルバムサービス】

その横は、最近巷ではやっている写真屋さんがアルバムを作ってくれるサービスを始めたけれど、
それの紹介のようなコーナーがありました。
でも、アイデアはいっぱい!

漫画家のタナカカツキ(かな?)が撮った「名画と白目」はなかなかシュール。
名画には目がいかない。笑
後ろにある名画を差し置いて、主役となった親子の白目はなかなか面白い試みだったんじゃないでしょうか。
アルバムとして振り返ってみたときに、そざかし話のネタになるのだろうなと羨ましくさえ思いました。

人が多くて誰が撮影したものかまでは覚えていないのですが、
写真立てにいれて展示していた髪の毛で文字を書いて撮影してた人の写真も
なかなか面白かったです。
あんな風に遊べるものなんだなって。


古くからある写真の形

【りす写真館】

モノクロの家族写真を綴った写真。
イベント入り口で写真を撮っていた人が、おそらくそのお店の方に違いない。
今時、改まって集合写真を撮る人も少ないでしょう。
私の父は集合写真を撮りたがる人ですが、恥ずかしがって撮りたがらない人もきっと多いと思います。
今日久々に、深瀬昌久の「家族」のような家族写真のように、
1年に1度撮った写真をアルバムに綴るのも面白いのかもと思いました。
だって、家族の絆がなくちゃ生まれない写真ですし。


愉快さと親しみ

【浅田政志】

愛すべき浅田政志。
いや、ただのファンなのですが。笑
久々に彼の生プリントを見ました。
相変わらずのユーモラスがプリントの中に存在していました。
会場に来ていたお客さんが
「ママ、この写真面白いな。」
「そうやな。今度、写真撮ろうか。」
という会話をしていたのが、この写真展の意図しているところであり、
家族とのコミュニケーションの新しい取り方の提案として浅田さんの写真は
形を見いだしていたのではないかなと感じました。

原点を正月のはがきの中にあったような紹介をしていて、
家族が何気なく子どもの写真をはがきに納めるところにあるのだと思うと
何が作品に繋がるのか分からない魅力も感じることが出来たように思います。
(このイベントはそう思わせることが多いけど)


【川島小鳥】

彼の写真はの中には子どものかわいさと、
マスコットキャラクタのようなかわいさと、
女のかわいさとがミックスされたような未来ちゃんが
存在していることかなと思いました。
そしてそれが、重厚すぎずさっぱりとした軽やかなプリントに
秘められているのかなとも思いました。
もっとプリントが見たかったけど、展示位置が込み合いやすい場所だったので、
目的の川島さんが一番さらりと見てしまったのが、
私の後悔どころです。


【写真にイラストを描く】

けっこう面白いと思ったのに、名前をすっかり忘れてしまいました。
なかなか面白いなと思ったのに、イラストレーターさん。
たぶん何の変哲もない写真に自分でピックアップした好きな素材で
自由な発想でイラストを描き足していく。
それだけで新しい空間が生き生きとしてくるこちらまで楽しくなってくる写真でした。
彼が作った作品の中に絵本(?)があり、
はじめは自分で描き足したイラスト写真なのですが、
最後は子どもが自分の意志で自由に描けるようなテイストに仕上げていたことが
面白かったです。


知らなかった街の写真屋さん

【フォトシエ】

所謂プリンター。
写真を専門的に知っている人でないと親しみを持てない表現で
印刷機器の印象が強いので、このイベントでは「フォトシエ」と呼んでいました。
これは、街の写真屋さんに同一フィルムを渡してプリントしてももらうという
ガチンコバトル対決です。
意図として、銀塩写真にもう一度触れたくなるような愉快なブースだと感じました。

20店近くの店舗が様々な色で表現してきていて、
中にはブローニーは対応していませんというお店も。

これだけ自分に合う色の写真を出してもらうのに、
また視野を広げるいい機会になったなと思いました。
詳細はトークショーがあったので、トークショー記事にて。


【総評】

アットホームな空間ですごく楽しく、
写真を純粋に楽しむ人、親子でアルバムを作ることを楽しむ人など
本当に豊かな客層が会場にいて、
アルバムという一番身近なもののことについて、
改めて感じるところがあったのではないかなと思います。
少なくとも私は「家族」をテーマに作品を作っていたので、
そのものの表現の多様さと、意外に難しい表現は要らないのではないかという
新しい見解も生まれました。

楽しく写真について触れることができる、
そんなイベントだったと思います。


2010.12.11 sat chikakiyo

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散策
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ちょっといろんな見聞を深めて見たいようなお年頃。
ということで、いろいろ自分の意見をまとめるように書きちらす予定。

ちなみに普段は、読書メーターなどでまとめてます。

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